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hort story

桜とビートルズ
昨日、少し花見をした。
良く知らない女の子2人と一緒だったから、
なんだかあまり話が膨らまなかった。
ひとりの女の子のスカートが桜の模様だったから、
少し好感が持てた。
それくらいの事しか憶えていない。
そう、それはそうと、その時に出会った男の話だ。

ふと耳を澄ますとビートルズの曲を次から次へと
弾きかたりしているおじさんを見つけた。
そのおじさんはかたくなにビートルズを演奏し続ける。
ポールマッカートニーの高い歌声を相当無理して、しかもかなり音を外しながらも
一所懸命歌っていた。
ずーっと気になっていたから、トイレ探してくると言って
そのおじさんの近くに行った。
そのおじさんの周りには若い団体が多くて、すこし迷惑そうにしていた。
けどおじさんはそんな事一向に気にしていない様子だ。
俺はレパートリーの多さにまずビックリして、さらになんだか心のこもったその歌声に
どんどん惹かれていった。
10曲ほど聞いた頃、おじさんの横の桜の木に、
中学生くらいの男の子の小さい写真が立てかけてある事に気付いた。
おじさんの亡くなった息子なんだろうな、と直感するものがあった。
歌声を聴いていたからだろうか、その直感はきっと間違いないものに思える。
その息子が桜を好きだったのか、ビートルズを好きだったのか、
それとも両方が好きだったのか。
それは俺には分からない。
ただ、おじさんにとって息子に捧げる歌は、この時期、この場所でしか
意味の無いものなんだろう。
その時、おじさんの目からうっすら涙が流れるのが見えた。
俺は我慢できずに急いでその場を離れた。
親子の会話を邪魔したくなかったからだ。
俺はそのまま歩いて家に帰った。
そしてビートルズを聴いた。
何時間も、何時間も。
こんな音楽が作りたいと、心から思った。

- written by kim -

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