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hort story

ヤシの実
ある南国でヤシのジュースを売っていた頃の話だ。
ずっと昔の話だ。
そのお店は特に店舗という形は無く、ただ単に木に登って
ヤシの実を落とし、それに穴をあけて何個か腰にかけ、
歩きながら観光客に売るというものだった。
ある日、台風の影響で人の少ない海岸を歩いていると、
一人の小汚い老人に呼び止められた。
ジュースが欲しいのかと思い、ストローの準備をしながら
老人に近づいた。
すると老人は現地の言葉でこう言った。
「俺は元々神様だったんだ。そう、このひげ見れば分かるだろ?
 雲の上を歩いてたらついつい薄い場所に足を突っ込んでしまって
 ここまで落ちてしまったんだ。
 しばらくすれば誰か迎えにくると思うんだが、喉が渇いてしまった。
 何も聞かずジュースを飲ませてくれ」

そう言うと老人はすぐにストローに手を伸ばした。
とっさに俺はその手を払いのけ、走って逃げ出した。
なぜだか分からない。
とにかく手の甲の入れ墨が怖かったのは憶えている。
大分走って振り向くと、そこに老人はもういなかった。

必死に走りすぎてジュースをこぼしまくった俺は
その日でクビになった。
ずっと昔の話だよ。

- written by kim -

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