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hort story

バス
ここは満員のバスの中。
声の低い男が隣に座った。
失礼します、と俺に声を掛けた。
あまりの低い声に一瞬聞き取りずらかった。
声が凄い低いですね、
と話しかけると、

本当は低くないんです、好きな女の子が低い声が好きと聞いて
喉を整形手術したんですよ、手術は一瞬でした、
でね、声が出るようになるまで一週間くらいかかるんです
今日が丁度一週間後なんです、
だから低いって言われるとうれしいです

と言ったように思われるが、なにしろ声が低すぎて良く分からない。
ニコニコの彼が少しかわいそうになり、うまくいくと良いですね、と言うと、

ありがとう、じゃあ僕はここで降ります、さようなら

と告げて席を立ち、ドアに向かって行った。
すいません、おります
おりまーす
満員のバスの中で彼の低すぎる声は掻き消え、
誰にも気付かれないままなかなか降りられず、
彼は目的地を乗り過ごした。

直後、ものすごく低い雄叫びの声がバスの中に鳴り響いた。
おなかに響くかの様なその雄叫びは、森の中に迷い込んだようで
なんだか心地よかった。

- written by kim -

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